​鉄眼禅師について

 鉄眼禅師の偉業は、大正12年から昭和20年まで、文部省発行の尋常小学校国語読本国定教科書に「鉄眼と一切經」として掲載されていました。また、昭和7(1932)年5月19日には、鉄眼禅師の偉業を称えられ、昭和天皇から『寶蔵國師』という諡号が特謚されました。

​ 大坂を襲った大洪水、大飢饉の甚大なる被害に遭遇された何万人もの難民を救済されながら、己の大願をも果されました鉄眼禅師は、大坂の救世主、名僧と称えられましたが、二度目の難民救済の最中、活仏と仰がれつつ、過労のため天和2年(1682)3月22日「七転八倒 五十三年 妄談般若 罪犯弥天 優游華蔵界 踏破水中天」の言を遺し53歳で入寂されました。鉄眼禅師のお墓は、鉄眼版一切経とともに、今も京都宇治の宝藏院にあります。